80年代夕張36・平和

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1983年・平和

夕張新炭鉱が閉山し、多くの炭鉱マンが夕張をさった。
主のいなくなった炭住は次々と壊されていった。
これも閉山の一つの風景だ。

そして、今夕張では木造の炭住は数えるばかりとなった。
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by ysnowy | 2009-03-20 09:47 | 80年代夕張 | Trackback | Comments(4)
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Commented by シャア専用ボク at 2009-03-21 23:38 x
昭和35年(?)、土門拳さんが筑豊で活動されていたドキュメンタリーを、先ほどBSで見ていました。
写真の世界は、作品はもちろんですが、撮影という行為自体が、
じつに詩的で哲学的で・・・。    好きです。
Commented by tosha at 2009-03-22 09:34 x
これだけ長い時間見続けていると感慨深いのでしょうね。
だからsnowyからも伝わってくるのかもしれないですね。
話は変わりますえけど、萩原さんは写真とか教えてられないのです?
Commented by ysnowy at 2009-03-22 11:53
シャア専用ボク さん
土門拳は尊敬する写真家の一人です。
そして、「筑豊の子供たち」は名作です。もちろん私も大好きな作品です。ただ、「筑豊の子供たち」が炭鉱の代名詞となっていますが、それがすべてではありませんね。
けど、土門の執念はすごいですね。


Commented by ysnowy at 2009-03-22 12:00
toshaさん
私は、作品は一過性ではなく継続する事が重要だと思っています。
「SNOWY」も「巨幹残栄」も私が80年代に夕張で撮影した写真の延長なのです。

写真は数年前に美術館で教えた事がありますが、最近はしていません。
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