松尾鉱山

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1998年・松尾鉱山

凍てつく社宅内にはいくつものうすが転がっていた。
このうすが使われていた頃は賑やかだったに違いない。

あと10日あまりで今年も終わりだ。
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by ysnowy | 2010-12-22 14:09 | SNOWY | Trackback | Comments(4)
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Commented by 猫おやじ at 2010-12-22 20:40 x
松尾鉱山は最盛期が昭和35年。それから4年で閉山というらしいですね。石油精製の副産物で硫黄が安く大量に供給されるようになって西の柵原〔同和鉱業〕と同様、硫化鉄鉱を稼行対象とした鉱山は消滅を余儀なくされました。松尾も柵原も旅客の輸送もする正規の鉄道事業をしていたことが、興趣を誘います。
Commented by ysnowy at 2010-12-24 18:14
猫おやじさん
松尾の閉山は1972年。回収硫黄で東洋一と言われた硫黄鉱山も終焉をむかえました。松尾や柵原も鉄道が有名でしたね。
Commented by まんじろう at 2010-12-26 20:36 x
いくつものうす。昔は本当ににぎやかだったのでしょうね。昔、もちつきを手伝ったことを思い出しました。
Commented by ysnowy at 2010-12-26 22:56
まんじろうさん
松尾は「雲上の楽園」と言われた所です。多くの人が餅つきをした様子が、残されたうすから想像できますね。
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