80年代夕張70・冬の炭住

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1983年・千代田で

今年は日本海側を中心に記録的な大雪だと言う。
先月、青森に行ったが、かなりの積雪があった。

当時、千代田の炭住は、ほとんどがマンサード屋根だった。
人が生活していれば、屋根の傾斜で雪は落ちる。
独特な屋根とほぼ垂直に伸びる煙突は、たて位置で写真を撮ると絵になった。
しかし、閉山で人が去り、人の住まなくなった炭住が増えると、やがて雪に埋もれた炭住が目立つ様になってきた。
そして、雪の重みで倒壊。
春になるとあちこちに炭住の残骸が見られた。
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by ysnowy | 2011-02-05 14:11 | 80年代夕張 | Trackback | Comments(6)
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Commented by 猫おやじ at 2011-02-05 20:54 x
この作品は、屋根の豪雪もさることながら、右にいる完全装備の幼児と軽装の父親らしき、2人の存在です。子供の肩に両手をあずけ、なにか語りかけている、かれの熱い思いの言葉がきこえてくるようです。
Commented by 文子 at 2011-02-06 04:34 x
ご無沙汰してます。私が子供だった頃の格好と同じです。千代田1区辺りでしょうか。少し高い所からみたいですが、どのような状況で撮影されたのでしょうか。
お父さんはお休みの日だったのか、夜10時頃に出かける3番方かもしれませんね。 
なんだか自分を見ているみたいです。
ありがとうございました。
Commented by 文子 at 2011-02-06 05:25 x
度々すみません。後で気づいたのです。
1983年とありますね。その頃にはもう既に、平和鉱は閉山してますし、ほとんどが新鉱のせいりょう町に引越し、千代田2区、3区には人がいなかったはずです。炭住は廃墟か取り壊し状態です。
しかも、81年の事故と翌年の新鉱閉山。
もしかしたら
この写真は・・・・・。
胸に迫るものがありすぎます。
Commented by ysnowy at 2011-02-06 13:35
猫おやじさん
ありがとうございます。
そのように理解していただけると嬉しいですね。
Commented by ysnowy at 2011-02-06 13:46
文子さん
千代田の1区の辺りだと思います。
もちろん平和鉱は閉山していますが、夕張新鉱に通う下請けの炭鉱マンが多く住んでいました。82年10月に新鉱が閉山したため、しだいに空き家が多くなっていました。
Commented by ysnowy at 2011-02-06 23:51
文子さん
この写真は2メートル近くあった雪の壁の上から撮影したものです。また83年当時は炭住は解体されておらず、人がまだ住んでいました。
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