夕張88・大夕張・常盤町跡

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雨が続いたためか今年の夕張川の水量は多い。
昭和36年竣工の鹿島橋を渡ると常盤町跡へたどりつく。
もう20年近く前になると思うが、画家の故畠山哲雄さんに案内されて来た事があった。
その時も炭住は跡形もなくなかったが、畠山さんからかつての繁栄を聞いた。
久しぶりに歩くと、人々の生活の痕跡があちこちに見えてきた。
千年町と常盤町を結んだ暁橋の橋脚(最初の写真)も健在だった。
大夕張炭鉱の閉山から40年近く経ち、かつての生活の場はゆっくりと自然にかえってきている。
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by ysnowy | 2011-05-18 11:13 | 夕張 | Trackback | Comments(6)
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Commented by 猫おやじ at 2011-05-18 14:15 x
40年というのは場所によって、風景が一変しますね。京都の鐘打鉱山や栃木の加蘇鉱山は事務所のあったとろが森林になり、北海道の鴻の舞金山、島根の鰐淵、都茂鉱山、山口の長登鉱山は、見渡すかぎり草ぼうぼうの荒野でした。寒冷地や高地、ヤケ〔硫化物〕の多いところでは、だいたい植生が不良で、構造物も基礎など、しっかり残っていますね。栃木の篠井鉱山や山形の大堀鉱山、静岡の河津金山は、跡地に高齢者施設を建て、すっかり様変わりしています。浜通りの原発跡地も、いつか「今は公園だけど50年前には大変な事故を起こした原子炉の跡地だよ」という思い出話ができるといいのですが。
Commented by ysnowy at 2011-05-18 21:14
猫おやじさん
鴻ノ舞金山や都茂鉱山は選鉱所跡や坑口などが残っていて、比較的構造物のある鉱山でした。
原発跡地は50年後はどうなっているのでしょうか。
ぶ厚いコンクリ-トで囲われ、半世紀後も立ち入り禁止状態かもしれません。
Commented by まんじろう at 2011-05-19 23:32 x
確かに、50年じゃ無理かもしれない。草木は生える気はするけれど。
Commented by 猫おやじ at 2011-05-20 08:45 x
広島は「75年、草木も生えない」って、ことだったけど、50年たった、広島の様子から類推しました。でも東洋のチェルノブイリに、なるのかなあ。となると、100年後もムリということになりますね。
Commented by ysnowy at 2011-05-20 10:22
まんじろうさん
チェルノブイリは今もあの状態です。
そう考えると恐ろしいですね。
Commented by ysnowy at 2011-05-20 10:27
猫おやじさん
ご存知の通りヒロシマ・ナガサキは現在は復興しています。
恐ろしいことです「東洋のチェルノブイリ」は・・・。
避けたいですね。希望を持つしかないですね。
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