三井三池炭鉱四山鉱竪坑ヤグラ

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巨幹残栄・1995年

四山鉱の竪坑ヤグラを初めて見た時の感動は今でも忘れられない。
同じ三池の宮原や万田の明治期の竪坑も文句なく素晴らしいが、古びた四山の竪坑は、威厳があり凄みを感じた。
大正時代に出版された三井三池の写真帳の表紙に竪坑ヤグラが使われている。
まさしく三池炭鉱の顔であった。
当時残っていた事が不思議なくらいで、何度となく三池を訪れた。
しかし、竪坑は1996年に爆破解体され、翌年三池炭鉱は閉山した。
私は、竪坑の解体の時、三池の閉山、そして日本の石炭産業の終焉を感じた。
かつて東洋一と言われた竪坑は、近代日本を支えてきた巨木で、それが朽ちて倒れた瞬間だったと思う。
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by ysnowy | 2011-11-04 11:01 | 炭鉱 | Trackback | Comments(4)
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Commented by 光画堂 at 2011-11-04 16:19 x
ここは自分で撮っておきたかったところです。今更ながら残念無念。
Commented by ysnowy at 2011-11-04 23:32
光画堂さん
今までにいろんな竪坑を見てきましたが、これほど凄い竪坑はありませんでした。今ないのが残念です。
Commented by 猫おやじ at 2011-11-05 09:35 x
見るからに頑丈そうな櫓ですね。竪坑となると巻揚げ機がしっかりしてないといけないのですね。さて江古田の学園祭。入り口も駅の前に移動して、けっこうゆとりのある校舎のレイアウトでした。写真学科の教室の立て札に「作品仕上室」とか「スタジオ〔大〕」とかあって他大学とは趣きが違いました。たまたま入った展示では「緊縛ショー」とかあって半裸の男性やゆかたの女性が結束されていて、これも日芸らしかったです。終わって演者の女性に聞いたら「ふだんはバンドのサークル」ということでした。見学の8割が女性というのも時代を感じました。
Commented by ysnowy at 2011-11-05 10:19
猫おやじさん
何度見ても、凄さを感じる竪坑でした。
江古田は卒業以来、芸祭には行っていません。
まぁ写真学科ですから、他大学と違いがないといけませんが・・。
結局は学生がどんな作品を制作するかだと思います。
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