夏祭りと炭坑節

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土日は近所の団地の夏祭りが行われた。
戦時中ここの辺りは航空機製造会社の滑走路だったという。
現在は高層の団地が建ち並んでいる。
お祭りの後半は盆踊り、遠くから見ていると「炭坑節」が聞こえてきた。
東京(23区ではないが一様東京都)で炭坑節を聞くのもなんだか不思議な感じがする。
それだけ炭坑節が一般に広まり大衆化した事だと思うが、ここは東京なのだから「東京音頭」でいいじゃないか。もちろん何曲か踊るうちに「東京音頭」も踊っていたが、何人が三池炭鉱、いや炭鉱を知っているのだろうか。
現在日本の炭鉱は、いくつかの露天掘りと釧路コールマインしかなく、ほとんどの人はその存在を知らないだろう。
でも炭鉱の存在は知らなくても、誰でも「炭坑節」は知っている。
歌の存在は大きい。
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by ysnowy | 2012-07-23 15:38 | 日常 | Trackback | Comments(2)
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Commented by 猫おやじ at 2012-07-23 16:13 x
猫のルーツの本吉から12時6分の各駅で帰途すると、いわき・湯本・勿来に19時ごろ通過します。お盆のころは申し合わせたように駅前に櫓が組まれ、これも申し合わせたように「さぞや、お月さん、煙たあーかろ、さの、よいよい」と車窓にまで、にぎやかな音が届きます。
大熊町、浪江町は、ほぼ全滅。各駅で仙台までゆくのは、もう無理になりました。制御できないエネルギーに頼る、為政者や企業人には言葉を失います。本来、保守的な人間ですが、これだけは理解できません。
Commented by ysnowy at 2012-07-23 20:22
猫おやじさん
世間で言う炭坑節(三井田川・三井三池)と常磐炭坑節は違います。
常磐炭坑節は「ハー朝も早よからヨー カンテラ下げて・・・」という歌い出しですから、もうかつての常磐でも三池の炭坑節で踊っていたのですね。それだけ全国に定着した事だと思います。
でも残念なことに原発事故のおかげで、この地区(大熊町、浪江町)の炭鉱文化も被害を受けたと言う事ですね。
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