80年代夕張101・炭山祭り 

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1982年・末広で

最近、忙しさを理由に更新してこなかった。
今年は炭山祭りにも行くことができなかった。
写真は82年の祭りの写真。
末広の炭住街を神輿が通って行った。
現在は近代的なアパートが建ち、当時の面影が残るのはズリ山くらいになった。
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by ysnowy | 2013-06-13 12:08 | 80年代夕張 | Trackback | Comments(2)
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Commented by 猫おやじ at 2013-06-13 16:05 x
祭りの季節は、来月です。6月下旬からは、夜になると500m先の村社の境内から、にぎやかな祭り囃子の練習の音色が聞こえてくるようになります。15日は、下高井戸で高校の新聞部の同窓会。在学中「盗難問題に対策を」という論説が物議を醸し、隣接する文理学部の事務局長や校長〔学部長兼務〕から顧問の教師ともども「けじめ」をつけられるよう責め立てられた、ほろ苦い思い出があります。顧問は譴責、自分は謹慎ということで、放校には至らなかったのですが、一時は、それも覚悟したものです。統一球の加藤さん、全柔連の上村さんの保身には、あきれますが、40年前の教師と生徒は、俎板の鯉。さばさばとしていました。おととしの暮れに旅立った後輩の8代目部長は異才。「のようなもの」の監督などを務めましたが、彼の思い出話や学校新聞論に花が咲きそうです。
Commented by ysnowy at 2013-06-13 21:32
猫おやじさん
野球の件は、日本の隠ぺい体質そのものですね。
あの異才監督のOBだったのですか。
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