夕張135・炭坑画家・畠山哲雄さん(夕張一滴の風景1から)

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夕張市清栄町で、清水沢電力所

昨日は畠山哲雄さんの命日だった。
畠山さんは、5月の終わりころに、よく東京に来られていた。
1999年5月、その年も東京に来られ、鎌倉の神奈川県立近代美術館などを一緒に訪れたことを思い出す。
そして、その時が私にとっては最後の姿となった。
畠山さんは夕張に戻って体調を崩され、そしてこの世を去った。
もう15年近くなるが、夕張に行くと、畠山さんがスケッチブックを持ち、今でも歩いているような気がする。
そのくらいあちこちでその姿は見られた。

丸木美術館 7月13-9月8日 l「坑夫 山本作兵衛が生きた時代」展http://www.aya.or.jp/~marukimsn/kikaku/2013/2013sakube.html
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by ysnowy | 2013-06-19 14:29 | 夕張 | Trackback | Comments(4)
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Commented by 猫おやじ at 2013-06-19 17:32 x
山本さんと畠山さん、世間の評価はともかく、炭鉱画家として東西の巨匠でしたね。前者は梅原さんのタッチの豪快な色遣い、後者は細密な風俗画のような画風。1999年6月18日が、ご命日でしたか。2004年10月4日に、おすまいの三笠の市営住宅へお邪魔した早川浩司さんも膵臓癌で翌年1月11日帰らぬ人となりました。三笠の博物館に勤務されていましたが、次々に高価な備品を私物化する仲間や上司たちに呆れてフリーに、なられた経緯を、化石談義そっちのけでうかがって、大いに同情したものです。浜の真砂は尽きぬとも・・・・ですにゃ。
Commented by ysnowy at 2013-06-19 23:24
猫おやじさん
畠山さんは作兵衛翁とはちがいますが、炭鉱画家だと思います。
半世紀にわたり夕張を描き続けた人です。
美術館が雪で崩壊し、作品が見れないのが残念です。
Commented by 猫おやじ at 2013-06-21 16:15 x
出版学会に入会する際、紹介者2人が必要なのに、徒手空拳で申し込みをすると、青山の清水英夫師、立教の林伸郎師が紹介者になってくれた。会社を辞めるまで、お邪魔した学会でしたが、みなさん温厚、博識、謙虚でいい関係でした。新潮社漢字辞典の小駒勝美さん、講談社の帖佐浩一郎さんなどと、なんかの委員をしましたが、いい思い出です。清水さんの賀状は、6ポイントのミニ家族新聞になっていて愛読していました。19日に逝去され、がっかりしています。表現の自由を守るリーダーで、映倫のトップのときに「ヘア解禁」にも尽力された、真のマスコミ人ともいうべき方でした。いま、「ヘア」ごときという時代ですが、表現の不自由な時代でも、あるような気がいたします。
Commented by ysnowy at 2013-06-22 00:55
猫おやじさん
「これからもっと表現が不自由にならなければ」と思っています。
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