写真展「黒い屋根・炭鉱住宅の記憶」から

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いわき市で2012年写す


黒い屋根 炭鉱住宅の記憶

本州最大の炭田であった常磐炭田。すべての炭鉱が閉山してから、だいぶ年月が経つ。
かつて数多くあった木造の炭鉱住宅(炭住)は取り壊され、その多くは新たな住宅地となり、年々炭鉱の面影は消えつつある。
 いわき市の旧小野田炭鉱周辺には築100年を超えた炭住が残っていた。おそらく明治期に建てられたもので、現存する炭住の中でもかなり古いものだろう。またこの炭住はコールタールが塗られた紙が幾重にも貼られた紙の屋根で、北海道や九州の炭鉱では見たことのない常磐独特の炭住だった。しかし、東日本大震災以降、長年住んでいたお年寄りが引越し、空き家となった炭住は次々と解体されていった。
 壊される前に、持ち主の許可を得て室内の撮影をしていると、壁紙が剥がされた壁に色あせた新聞が貼ってあるのに気が付いた。記事を読んでみると、なんと大正時代の新聞だった。また別の炭住では、剥げかかった壁紙の裏に時代劇のポスターが貼られていた。明治から平成にかけ、炭住で生活した人たちの証が地層のように重なって壁に残っていた。
人が住まなくなった木造の炭住は、すぐに痛んでしまう。そして、解体され、そこに暮らした人々の存在は忘れさられてしまう。しかし、撮影し作品化することで、少しでも人々の記憶に残すことができるのではないだろうか。1枚でも多くの作品を残したい。そんな思いを持ちながら、この一年間いわきを訪れた。
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by ysnowy | 2013-12-02 21:43 | 常磐 | Trackback | Comments(2)
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Commented by 猫おやじ at 2013-12-03 19:17 x
永井荷風の「下張り」では、ありませんが、とてもふつうの人には、壁の素地まで眼が届かないものです。さすが、新聞人の鋭敏な感覚と緻密な行動で感服したします。鉱物採集や化石採集でも同様な才能がないと、ただ無駄に岩を崩し、石を割るだけの仕儀になります。昼間の銀座のにゃん活に、おいでになった4丁目交番の小門さん、畑山さん。やたら威張って付き纏う小門さん、顔見知りの畑山さんは慇懃。夕方にゃん活を終えて、交番に挨拶に行くと小門さんは帰宅。かわりに出た島田さん「猫かわいいですね」。人いろいろ。
Commented by ysnowy at 2013-12-03 22:44
猫おやじさん
漠然とみているだけでは面白いものは見えてきませんね。
私にとっては鉱物採集や発掘調査みたいなものです。
それを写真で記録し作品にします。
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