重内炭鉱神社の今昔

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                  1923(大正12)年出版の茨城採炭記念写真帖から

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                  2013年写す

写真は北茨城市の重内炭鉱の神社。
1923(大正12)年に出版された茨城採炭記念写真帖には、重内炭鉱の組頭の記念写真が掲載されている。
写真帖から90年がたち、炭鉱は閉山したが、神社の鳥居などは現在も残っている。
同じ場所に立つと当時にタイムスリップしたような気分になる。
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by ysnowy | 2014-01-08 11:17 | 常磐 | Trackback | Comments(6)
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Commented by 猫おやじ at 2014-01-09 18:00 x
91年前と同じ場所、鳥居や石碑は変わっていますが、石段はそのままですね。タイムスリップ・・・そのとおりです。午後1時、川崎の脱走犯確保の映像がTV画面に出ています。容疑者の絵を写そうとする報道。行く手を遮って、追い払う警察官。追っ手をかわし、容疑者を乗せた007のパトカーに伴走して、追いすがるビデオカメラ数台。鬼ごっこのような報道のがんばりぶりに固唾をのみました。
Commented by ysnowy at 2014-01-10 10:10
猫おやじさん
しかし、宮城のドイツ人の件に続きよく逃げられますね。
Commented by 猫おやじ at 2014-01-10 12:08 x
留置場で自殺されたり、容疑者が脱走するのは責任重大ですね。身内に何人も警察官がいたので、わかるのですが、上司の人は、いろいろな意味で大変なことになります。JR北海道、アクリフーズのトップもいずれは責任をとらねばならず、しかもアクリフーズは、解散した雪印の関係会社というのに因縁を感じます。
Commented by ysnowy at 2014-01-10 12:47
猫おやじさん
なんだか世の中がどんんどん壊れていくようで恐ろしいです。
Commented by mari at 2014-01-21 07:28 x
「夏草や兵どもが夢のあと」ですね。。。組頭たちの面構えに圧倒されます。良くも悪くも人間的容量(人間力)の大きな人たちだったことでしょう。2013年の写真からは、この組頭たちに束ねられていた人々――坑夫やその家族の気配までが立ち上がってくるようです。
Commented by ysnowy at 2014-01-21 09:02
mari さん 昨夏に丸木美術館で展示した茨城採炭の写真帖の中に重内の写真がありました。この時代は、たぶん小野田炭鉱もこのような組頭がいたことだと思います。そのような意味で興味深い写真でした。小野田同様に、重内も後に戸部の炭鉱となります。
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