東京炭鉱 跡(東京炭鉱前)

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青梅市小曾木4丁目にかつて東京炭鉱があった。
今は都バス(東京炭坑前)と西武バス(東京炭鉱前)の停留所にその名を留めるだけだ。
青梅市史によれば、ここでは昭和10年ごろから昭和35年まで亜炭、泥炭の採掘がおこなわれていた。
当時、炭鉱を経営していたのは、大和礦業株式会社で、暖房燃料用として販売されていた。
発熱量は、500カロリーで、粘着力が強かったという。
最盛期の昭和33年には月産500トンを採炭、従業員も40人で、福岡・山口・福島出身の坑夫が採炭していた。
しかし、昭和35年に閉山。竪坑跡の穴が残っていたが現在は埋め戻され跡形もない。
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by ysnowy | 2016-04-11 18:53 | 炭鉱 | Trackback | Comments(2)
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Commented by 猫おやじ at 2016-04-12 07:46 x
高麗神社裏のマンガン鉱山跡地の鉱物採集のあと白丸ダムのマンガン鉱山の見学の際、とおりかかった成木の東京炭鉱。東京という名前に矜持を感じます。所沢の先の飯能にも武蔵野炭鉱という亜炭採掘の日豊鉱業という炭鉱があって、手前の切通しから産出する第三紀動物化石の採集の際、遠くから望見した記憶があります。エネルギー需給事情の変化から国内の炭鉱も継続も風前のともしびですが、こちらは土壌改良剤や家畜の飼料としての生産が続いているようです。翻って防衛省の護衛艦、どうみても航空母艦というのが、やはり護衛艦。東京や埼玉の炭鉱の名前の付与の気概に比べると遠慮勝ちですね。
Commented by ysnowy at 2016-04-14 12:53
東京炭鉱という名前に惹かれますね。おそらく武蔵野炭鉱と同じ炭層だと思います。
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