南大夕張炭鉱の事故から32年

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三菱南大夕張炭鉱で、1985年5月17日に、62人の犠牲者を出すガス爆発事故が起きた。
81年10月16日の北炭夕張新炭鉱の事故に続く夕張での大災害だった。
夕張新炭鉱は翌年に閉山し、南大夕張炭鉱も90年の3月に閉山した。
そして、明治から続く炭都・夕張の歴史に幕を下ろした。
夕張の歴史は炭鉱災害の歴史と言っても過言ではないだろう。
新緑が美しくなる春と見事な紅葉となる秋に事故を思い出す。

写真は閉山間際の南大夕張炭鉱で、90年に写す。

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by ysnowy | 2017-05-18 07:02 | 夕張 | Trackback | Comments(2)
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Commented by 猫おやじ at 2017-05-18 08:17 x
金属鉱山ばかり歩き回っていましたので、ガス爆発事故や出水事故はあまり聞かず、落盤事故くらいで、鉱山事務所前に「無災害20000時間」というような表示の柱をよくみかけたものです。ただ、生命保険の加入の際は拳闘選手と同様、危険な職種ということで掛け金は高く設定されていました。長女の生まれた日の三井三池の事故や筑豊の河川敷崩落の事故などが記憶に残っています。夕張では坑内火災鎮圧のために遭難者をそのままに注水するという、いたましく、せつない思い出があります。考えてみれば燃料のなかに、もぐって、それを採掘するという危険極まりない作業ですので、いずれは人の手を借りない採掘方法が求められます。ロッテ7連敗。新聞をひらくのが苦痛です。「投手陣があまりひどい」と指揮官。ロッテ球場では、角中をはじめ1番から5番まで千葉にいなければいけない選手。打撃も同じ。
Commented by ysnowy at 2017-05-19 11:52
春と秋になると痛切な事故の記憶がよみがえってきます。
一体炭鉱では何人の人が亡くなったのでしょうか。
全国でも夕張の炭鉱は多くの犠牲者を出した炭鉱です。
炭鉱は無くなりましたが、この痛まし炭鉱災害を忘れてはならないと思います。
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