<   2009年 10月 ( 9 )   > この月の画像一覧

夕張42・鹿ノ谷駅周辺

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鹿ノ谷駅に進入するキハ40。
かつて夕張鉄道の機関区などがあった広い構内は、草木が生い茂り紅葉していた。
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by ysnowy | 2009-10-30 12:50 | 夕張 | Trackback | Comments(2)

夕張41・鹿ノ谷機関区跡

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鹿ノ谷機関区

鹿ノ谷駅の線路のなくなた広い構内の片隅に夕鉄の機関庫が残っています。
昭和50年に夕鉄は廃止になりましたが、別の施設として使われていたためです。
今となっては貴重なものとなりました。
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by ysnowy | 2009-10-28 18:44 | 夕張 | Trackback | Comments(0)

万字炭鉱・英橋

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二代目英橋

万字炭鉱が操業している時は、炭鉱マンが橋を渡り炭鉱に行ったと言う。
今は廃橋となり、生えた木が黄色く色づく。

紅葉する橋も珍しい。
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by ysnowy | 2009-10-26 11:04 | 炭鉱 | Trackback | Comments(0)

浦幌炭鉱

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10年ぶりに浦幌炭鉱を訪れた。
コンクリートの炭住は風化が進み、以前より自然にかえっていた。
建物に使われいるコンクリ-トのブロックをよく見るとズリが混じっていた。
戦後すぐに建てられたためか、よほど材料がなかったのだろう。
しかし、ズリ入りコンクリートブロックとは驚きだ。
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by ysnowy | 2009-10-20 17:05 | 炭鉱 | Comments(2)

三井砂川炭鉱の坑夫の像

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三井砂川には坑夫像がある。
戦争末期、石炭増産を目的に炭鉱労働者の士気を向上されるため、軍需生産美術推進隊が作ったもの。
1945年8月に完成したが、しかしすぐに終戦を迎えた。
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by ysnowy | 2009-10-19 01:45 | 炭鉱 | Trackback | Comments(0)

夕張40・夕張新炭鉱竪坑跡

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10月16日、夕張新鉱事故から28年がたった。
今年も元炭鉱マンと竪坑跡を訪れた。
28年前のあの日と同じように、今年も竪坑周辺の紅葉はきれいだった。
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by ysnowy | 2009-10-17 22:18 | 夕張 | Trackback | Comments(0)

木造駅舎5・渡島沼尻駅

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函館本線にある渡島沼尻駅。
小屋?のように見えますが、これも木造駅舎です。
まわりは暴風林に囲まれ雰囲気のいい駅です。
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by ysnowy | 2009-10-13 23:09 | 木造駅舎 | Trackback | Comments(0)

80年代夕張49・夕張新炭鉱

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1982年・夕張新炭鉱

夕張新炭鉱の選炭機の近くには、事故現場から引き上げられた機械類が置かれていた。
坑内火災を消すために注水したため、錆びたものや石炭がこびりついたものなど、生々しいものだった。
写真の機械には「5盤下」と書かれていた。
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by ysnowy | 2009-10-08 22:43 | 80年代夕張 | Trackback | Comments(0)

80年代夕張48・夕張新炭鉱竪坑ヤグラ

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1982年夕張新炭鉱で

写真は通洞東口の人車乗り場前。
坑内労働を終えた炭鉱マンが人車を待っていた。
後方に見えるのは新鉱の竪坑ヤグラと事務所。
ヤグラや事務所は解体されたが、密閉された竪坑の跡は今も残っている。
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by ysnowy | 2009-10-05 10:25 | 80年代夕張 | Trackback | Comments(0)