<   2010年 12月 ( 7 )   > この月の画像一覧

80年代夕張69・露天掘り

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1983年・夕張市高松

写真は高松地区の露天堀り。
現在は埋め戻されキャンプ場になっている。
昭和30年代の夕張の全盛期に比べるとかなり寂れているが、福住地区にもまだ炭住はあった。

来年は夕張新炭鉱事故から30年。
夕張通いはまだまだ続く。

皆さんよいお年を・・・・・。
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by ysnowy | 2010-12-30 20:25 | 80年代夕張 | Trackback | Comments(4)

松尾鉱山

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1998年・松尾鉱山

凍てつく社宅内にはいくつものうすが転がっていた。
このうすが使われていた頃は賑やかだったに違いない。

あと10日あまりで今年も終わりだ。
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by ysnowy | 2010-12-22 14:09 | SNOWY | Trackback | Comments(4)

80年代夕張68・炭住解体の後

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1983年・高松

露天掘りのため解体された高松地区の炭住。
夕方、重機がいなくなると、石炭ストーブに使う貴重な薪として、廃材を拾いに行く人が多かった。
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by ysnowy | 2010-12-17 16:37 | 80年代夕張 | Trackback | Comments(2)

木造駅舎32・塩狩駅

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列車のライトで浮かび上がる塩狩駅
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長野政雄さんの顕彰碑


宗谷本線で一番の難所の塩狩峠。
明治42年(1909)2月28日、峠を登って来た列車の連結器が突然外れ、最後尾の客車が走りだしました。その客車に乗っていた鉄道職員の長野政雄さんが自分の身を呈して客車を止め、殉職する事故が起きました。作家の三浦綾子さんが小説「塩狩峠」として書き、映画にもなりました。
私は子供の頃この映画を見たことがあります。
事故当時駅はまだなく、大正時代に信号所として開設され、そして後に塩狩駅となりました。
駅の近くには三浦綾子さんの記念館と長野さんの顕彰碑があります。

「旅の手帖」で連載してきた「夢見る木造駅舎」は、今回の塩狩駅と下白滝駅で最終回となります。
今後はこのブログで木造駅舎を紹介していこうと思っています。
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by ysnowy | 2010-12-13 22:49 | 木造駅舎 | Trackback | Comments(2)

夕張76・職員社宅の解体

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解体された三菱・南大夕張炭鉱の職員社宅。
炭鉱が閉山するとよく見られた光景。

何度見ても寂しい。
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by ysnowy | 2010-12-10 10:50 | 夕張 | Trackback | Comments(2)

木造駅舎31・清水沢駅

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夕張市清水沢で

かつては、大夕張鉄道の始発駅であり、石炭を満載した貨車が出発を待っていた清水沢駅構内。
多くの線路は撤去され、ただ一対の線路が残るのみとなった。
当時の駅舎(左)は健在だが、あまりにも落差が激しい。
石炭産業の衰退を象徴する駅だ。
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by ysnowy | 2010-12-09 12:35 | 木造駅舎 | Trackback | Comments(2)

写真集「マーシープロジェクト命」

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本山炭鉱跡は子供たちの遊び場になっていた(巨幹残栄から)

写真集「マーシープロジェクト命」は、「あなたにとって「Mercy(慈悲)」を意味する一枚の写真を提供してくれないか。」の呼びかけのもと、世界28カ国118人の写真家が提供した写真で構成されたものです。
マーチンパーさんをはじめマグナム所属の写真家や細江英公さん渡邉博史さん北野謙さんなどが写真を提供しました。
私もこのプロジェクトに参加し、「本山炭鉱」の写真が掲載されています。
ぜひ、書店でご覧になってください。

写真集は窓社が発行。
詳しくは窓社ホームページまでhttp://www.mado.co.jp/
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by ysnowy | 2010-12-06 14:32 | 炭鉱 | Trackback | Comments(4)