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SNOWY2011

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展示作品から

約2ヵ月間の「サロン・ド・ヴェール」でのグループ展も終わりに近づいてきました。
お時間がありましたらお出かけください。27日までです。(場所等は4月16日のブログを参考にしてください)
連日暑い日が続きます。
ついにエアコンを入れてしまいました。

うーん。雪の季節が待ち遠しいですね。(笑)
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by ysnowy | 2011-06-23 21:44 | SNOWY | Trackback | Comments(4)

木造駅舎35・解体危機の折尾駅と直方駅

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折尾駅
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直方駅

折尾駅と直方駅。
共に名駅舎として知られているが、2つとも解体の危機にある。
折尾駅は日本最初の立体交差駅で、駅舎は無駄な装飾がなくシンプルで実用的なコロニアル様式をもちいている。
直方駅は旧博多駅を移築したとの説がある明治時代の駅舎で、車寄せの神殿風の柱が特徴。
ぜひ、訪れて見てほしい。

参考まで
折尾駅についてはhttp://homepage3.nifty.com/orio

トレたび・夢見る木造駅舎
http://www.toretabi.jp/facilities/index.html
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by ysnowy | 2011-06-22 12:30 | 木造駅舎 | Trackback | Comments(2)

夕張92・炭鉱画家・畠山哲雄さん

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山峡の春・1981年
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畠山さん写す
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2011年


夕張の風景を半世紀にわたり描き続けた畠山哲雄さん。
6月18日は畠山さんの命日。早いもので13回忌を迎える。

昨年から、かつて畠山さんが描いた場所を訪ねている。
作品は畠山さんが1981年に制作した「山峡の春」。
鹿の谷の野球場の近くの炭住街で、背景に冷水山が見える。
最初、この場所が解らなかった。
私はこの場所に来た事がなく、炭住街があったことを知らなかった。
現在は炭住街はなくなり、木々が伸び、変わらないのは山の稜線だけだった。

夕張の変貌は激しい。
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by ysnowy | 2011-06-17 15:38 | 夕張 | Trackback | Comments(6)

80年代夕張74・石炭の露頭

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1983年撮影

30年近く前のこと、夕張の山間部に石炭が露出している所があった。
知り合いの炭鉱マンが、石炭を拾いに行くと言うので、朝早くおきて連れて行ってもらったことがある。
もう場所は忘れたが、沢の近くの崖にわずかに石炭が露出していたことを思い出す。
持ってきた道具を使い少し掘ってみると、黒光りする石炭が現れた。
まるで、明治時代の狸掘りのような光景だった。
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by ysnowy | 2011-06-13 16:16 | 80年代夕張 | Trackback | Comments(2)

高島炭鉱・窓からの眺め

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蛎瀬地区の社宅から1994年撮影

1994年の夏のことだと思うが、長崎県の高島に初めて上陸し軍艦島(端島)を目前に見ることができた。
高島にはまだ高層の社宅が多くあった。
閉山から年月が経つが炭鉱の雰囲気がまだ残っていた。
社宅からは美しい海が見え、屋上からは軍艦島も見えた。
だが、この時も社宅の解体が進んでいて、残念ながら今では姿を消している。
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by ysnowy | 2011-06-07 12:40 | 炭鉱 | Trackback | Comments(2)

炭坑節

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中秋の名月と煙突(三井田川炭鉱で)1994年撮影(巨幹残栄から)
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香春岳1995年撮影

筑豊からは炭鉱は無くなったが、象徴的なものは今も残っている。
炭坑節に歌われた三井田川炭鉱の赤レンガ煙突は、住友忠隈炭鉱のボタ山と共に今も象徴的な存在だ。
また、同じく炭坑節に出てくる石灰岩を採掘する香春岳を見ると、存在の大きさに筑豊に来た実感が湧いてくる。
1994年から2年半あまり私は小倉に住んでいた。
仕事が休みの時は、遅い朝食と昼食をかねて筑豊のラーメン屋に行き、腹ごしらえをしてから炭鉱跡を訪ねた。小倉から峠を越えると香春岳のサイドが見え、セメント工場の煙突群がしだいに大きく見えてくる。そして、よく行ったラーメン屋の近くには夏吉のボタ山があり、そのスチューエイションが好きだった。
当時はまだ炭住もあり、見慣れた夕張の煙突のある炭住とは違った、シンプルな切妻屋根の炭住が新鮮だったことを思い出す。よく考えてみればこちらが本場なのだが・・。

煙突と月の写真は、近くの炭住街から見たもので、炭坑節の歌のように月が出てきた。
残念ながら炭住は撮影した年の暮れに解体されてしまったが、赤レンガの煙突と貴重な竪坑やぐらは田川市石炭歴史博物館の敷地に保存されている。
先日、世界記憶遺産に決まった山本作兵衛さんの「筑豊炭坑画」は、その多くがこの博物館に収蔵されている。最近の地元紙の記事によれば、炭坑画の原画の一部が公開され多くに人が訪れているという。
これが契機となり、少しでも多くの人が訪れて、貴重な炭鉱遺産を見てほしいと思う。
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by ysnowy | 2011-06-03 11:38 | 炭鉱 | Trackback | Comments(2)

環水平アーク下の運動会

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台風の影響で延期されていた運動会。
31日、東京・多摩地方の小学校の上空には、日暈と環水平アークが一緒の珍しい現象が見られた(昨日のブログ参考)。
日暈はまもなく見えなくなったが、環水平アークはしばらく見られ、上空から子供たちを応援しているかのようだった。
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by ysnowy | 2011-06-01 08:56 | 日常 | Trackback | Comments(2)