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80年代夕張108・若鍋炭鉱事故から100年

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繰込所の祭壇、まだ犠牲者が坑内に取り残されていた。
夕張新炭鉱で1982年3月写す

1914(大正3)年の11月に北海道内で最悪の423人の犠牲者がでた夕張・若鍋炭鉱ガス炭じん爆発事故から100年が経った。
この時期は大事故が相次ぎ、明治末から大正にかけての10年で1000人を超える犠牲者が出ている。戦後も多くの事故がおき、1981年には夕張新炭鉱、そして、来年は三菱南大夕張炭鉱の事故から30年を迎える。夕張の歴史は炭鉱事故の歴史でもある。
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by ysnowy | 2014-12-29 21:42 | 80年代夕張 | Trackback | Comments(0)

解体された小学校

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由緒ある小学校も解体されてしまった。
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by ysnowy | 2014-12-28 20:19 | 炭鉱 | Trackback | Comments(0)

夕張149・夕張炭鉱の坑夫の像(進発の像) 軍需生産美術推進隊

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夕張で写す

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山本作兵衛と炭鉱(ヤマ)の記録から(平凡社・コロナブックス)


夕張の歴史村に残る坑夫の像。
今頃は雪に埋もれていることだろう。
モデルは竹鶴可文(よしふみ)北炭夕張鉱業所所長で、ニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝(マッサン)の実兄だという。
来年は戦後70年を迎える。この像は、戦争末期の1944年に軍需生産美術推進隊の中村直人、古賀忠雄、圓鍔勝三、木下繁によりつくられたもの。
同推進隊は全国の炭鉱や新潟の油田に坑夫の像を制作した。現在11体が確認されており、そのうちレプリカを含め9体が今も残っている。

12月19日の山本作兵衛さんの命日に刊行された「山本作兵衛と炭鉱(ヤマ)の記録」(平凡社・コロナブックス)にこれらの坑夫像のことが掲載されています。
ぜひご覧になってください。
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by ysnowy | 2014-12-25 18:08 | 夕張 | Trackback | Comments(2)

小樽の近代建築

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雪に覆われた近代建築もいいものです。
すべて小樽で写す。
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by ysnowy | 2014-12-23 14:50 | 近代建築・産業・土木遺産 | Trackback | Comments(0)