80年代夕張15・夕張新炭鉱・祭壇

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1982年3月・夕張新炭鉱


1981年の大事故から半年近くたっても、まだすべての犠牲者は収容されていなかった。
炭鉱の繰込所には祭壇が設けられ、炭鉱マンたちは、入坑前や坑内から上がってきた後に祭壇に手を合わせていた。
最後の犠牲者が収容されたのは、事故以来なんと163日ぶりのことだった。

もうすぐ10月16日、新鉱事故の日。
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# by ysnowy | 2008-10-11 11:52 | 80年代夕張 | Trackback | Comments(2)

80年代夕張14・北炭夕張新炭鉱・人車

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1982年・北炭夕張新鉱通洞人車

初めて新鉱に行った時は、人車があることは知らず、沼ノ沢駅から道に迷いながら雪の中を歩いて行った。
途中で会った人に聞いたら「人車があるよ」と言われた。
「人車って何?」炭鉱にたどり着くまでは解らなかった。
当時、多くの炭鉱マンは人車で通っていた。
下請けの炭鉱マンたちは、マイクロバスに乗り、炭鉱の事務所まで来ていた。

私が歩いた道は、炭鉱までの一本道で、今でも現存している。
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# by ysnowy | 2008-10-09 10:02 | 80年代夕張 | Trackback | Comments(0)

80年代夕張13・北炭夕張新炭鉱

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1982年・北炭夕張新鉱(通洞西口)

長さ1174メートルの通洞を越えると、新鉱の事務所と赤い竪坑ヤグラがそびえたっていた。
通洞内には人車(トロッコ)が走っていて、それに乗ると5分くらいでたどり着いたと思う。
時には乗り遅れて、20分くらいかけて通洞を歩いた事もあった。
通洞内はひんやりしていて、人車に乗った炭鉱マンたちはみな無口だった。
今考えてみると、人車の音がうるさくて会話もできなかったのだと思う。
人車に乗ると「これから炭鉱に行くんだ」と言う気持になった。

通洞入り口は今も現存している。
中には入れないが、近寄ると当時を思い出す。
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# by ysnowy | 2008-10-07 11:38 | 80年代夕張 | Trackback | Comments(0)

夕張19・湖底の風景

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夕張・シューパロ湖

シューパロ湖の水位が下がるこの時期は、湖底に巨大な切り株が現れます。
しかし、現在シューパロダムを建設中で、ダムができると完全に湖底に沈んでしまい、何年か経つともう見ることができなくなるでしょう。

この荒涼とした風景は、炭鉱の風景とまた違った趣があります。
ここもまさしく夕張なのです。
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# by ysnowy | 2008-10-03 20:53 | 夕張 | Trackback | Comments(0)

夕張18・石炭ひろい

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夕張・社光

24年前と変わらぬ光景です。

以前にも紹介しましたが、ズリ山にはまだ充分に使える石炭があります。
しかし、石炭ストーブがほとんど使われていない今日、再び石炭ひろいを見るとは思いませんでした。
近年は灯油が高騰、まだ使える石炭は貴重な燃料です。

大雨の後は、表面の土が流れて、「よい石炭がひろえる」と言っていました。
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# by ysnowy | 2008-10-01 21:39 | 夕張 | Trackback | Comments(2)