近代建築・小樽

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旧日本銀行小樽支店

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旧日本郵船小樽支店

旧日銀小樽支店は辰野金吾らの設計。
旧日本郵船小樽支店は佐立非七次郎の設計で、重要文化財。
辰野金吾とは現東大工学部の同期生だという。

小樽は、歩いているだけで楽しくなる町。
近代建築が好きな人にはたまらないところ。
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# by ysnowy | 2008-10-25 09:38 | 近代建築・産業・土木遺産 | Trackback | Comments(1)

築別炭鉱・太陽小円形体育館

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太陽小円形体育館

築別炭鉱の閉山後、太陽小は宿泊施設として利用されていました。
私も以前に泊まったことがあります。
その時、体育館を見たときは驚きました。

現在、宿泊施設は閉鎖され、巨大な廃墟となって残っています。
しかし、円形の体育館は多少は傷んできましたが、その堂々たる容姿は感動ものでした。
本当に美しい建築です。

このまま朽ちていくのが惜しまれます。
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# by ysnowy | 2008-10-23 22:46 | 炭鉱 | Trackback | Comments(4)

80年代夕張16 ・北炭夕張新炭鉱のそば屋

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1982年・夕張新炭鉱

新鉱の繰込所には、そば屋があった。
炭鉱マンたちは、坑内から上がってくると、時には黒い顔のままで、さっそく腹ごしらえをしていた。
私もよく食べた。安くて、汁が濃かった。
今となってはなつかしい味だ。

炭鉱マンで賑わう繰込所は、祭壇の線香のにおい、汗のにおい、そして、そば屋のにおいが入り混じっていて、なんともいえない所だった。
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# by ysnowy | 2008-10-21 09:41 | 80年代夕張 | Trackback | Comments(0)

夕張20・夕張新炭鉱

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2008年10月16日、夕張新炭鉱竪坑跡

新鉱の事故から27年がたった。
竪坑周辺の紅葉は、事故の時と同じように今年は色鮮やかだった。

ここ数年、ある元炭鉱マンと竪坑跡を訪れている。
その人は、事故当日、怪我をしていて坑外労働をしていた。
「怪我をしていなかったら、今頃は慰霊碑に名前が刻まれていた」と言う。
だから、毎年竪坑跡に花を供えに来る。
自分の代わりに多くの仲間が犠牲になったからだ。

しかし、「最近は足腰が弱った」と言う。
「今年がもう最後かもしれない」とつぶやいた。
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# by ysnowy | 2008-10-17 01:07 | 夕張 | Trackback | Comments(0)

80年代夕張15・夕張新炭鉱・祭壇

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1982年3月・夕張新炭鉱


1981年の大事故から半年近くたっても、まだすべての犠牲者は収容されていなかった。
炭鉱の繰込所には祭壇が設けられ、炭鉱マンたちは、入坑前や坑内から上がってきた後に祭壇に手を合わせていた。
最後の犠牲者が収容されたのは、事故以来なんと163日ぶりのことだった。

もうすぐ10月16日、新鉱事故の日。
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# by ysnowy | 2008-10-11 11:52 | 80年代夕張 | Trackback | Comments(2)