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80年代夕張115・高松付近

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1982年、夕張で写す

34年前のちょうど今頃だと思う。
夕張はまだ大災害のあわただしさが残っていた。
4月初めでまだこんなに雪があり、この日は時折吹雪いていた。
後方のコンクリートの炭住は、夕張新炭鉱の閉山後に露天掘りを行ったときに解体され、後にキャンプ場になった。
写真の少年はこの年の春に小学校に入学、現在は40歳くらいだろう。
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by ysnowy | 2016-04-02 21:32 | 80年代夕張 | Trackback | Comments(2)

写真展「ヤマに在りヤマに還る」から

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釧路市博物館で写す

今回の展示は「80年代夕張」も展示しています。
おもに1982年から1984年に撮影した写真です。
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by ysnowy | 2015-10-05 15:02 | 80年代夕張 | Trackback | Comments(2)

80年代夕張112・カラオケ大会

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夕張市宮前町で、1983年写す

炭住街で行われたカラオケ大会。
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by ysnowy | 2015-08-31 23:35 | 80年代夕張 | Trackback | Comments(2)

夕張153・ズリ山の春

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夕張で

新緑が美しい季節となった。
ズリ山の周辺も春の紅葉が美しかった。
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by ysnowy | 2015-05-23 19:27 | 夕張 | Trackback | Comments(2)

夕張152 ・夕張神社春の例大祭(旧炭山祭)

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いずれも夕張市内で17日写す

日曜日に夕張神社の春の例大祭(旧炭山祭)が行われた。
神輿が夕張神社を出発する時、一時的にあられがふるなど、午前中はあいにくの天気だった。
炭鉱が全盛の頃はお神輿は担がれたが、今はトラックにで市内を回っている。
私が夕張を訪れた30数年前は、清陵町や本町の商店街ではまだ担がれていた。
そして、最後に神社の石段を勢いよく駆け上ったことを覚えている。
炭鉱が閉山し人口が減り、祭りも変わってきたが、いまだに続いているだけでも素晴らしいことだと思う。
炭鉱文化を後世に伝えてほしい。
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by ysnowy | 2015-05-19 14:13 | 夕張 | Trackback | Comments(0)

夕張151・三菱南大夕張炭鉱ガス爆発事故から30年

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2015年5月17日写す
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大夕張体育館行われた合同葬 1985年5月写す


1985年5月17日に、62人の犠牲者をだした三菱南大夕張炭鉱のガス爆発事故から30年が経った。
今日の夕張は、霰がふるなど午前中は悪天候だった。
夕張市南部にある慰霊碑には花が添えられていた。

事故の合同葬の時、私は現地を訪れた。
あれから30年、炭鉱は90年に閉山し、今や炭鉱の施設は跡形も無く、炭住街も自然に還っている。
夕張新炭鉱、そして南大夕張炭鉱の事故、80年代に続けて起きた大事故は今も鮮明に思い出す。
決して忘れてはいけないことである。
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by ysnowy | 2015-05-17 18:39 | 夕張 | Trackback | Comments(2)

夕張150・再び現れた三弦橋

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ダム湖から三弦橋が現れた。そして後方には夕張岳の雄姿も見られた。
幸運な一日だった。
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by ysnowy | 2015-02-06 05:38 | 夕張 | Trackback | Comments(0)

SNOWYⅡの展示

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東京・浅草橋のマキイマサルファインアーツで「白」をテーマとした展示を9日から25日まで行います。
私は「SNOWYⅡ」を展示します。
また原点である80年代夕張も大きなプリントを1点展示します。
お時間のある方はぜひお出かけください。
ギャラリーでは、写真集「SNOWYⅡ the frosty hour」の販売も行います。
こちらの方もよろしくお願いします。
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by ysnowy | 2015-01-07 23:22 | SNOWY | Trackback | Comments(0)

80年代夕張108・若鍋炭鉱事故から100年

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繰込所の祭壇、まだ犠牲者が坑内に取り残されていた。
夕張新炭鉱で1982年3月写す

1914(大正3)年の11月に北海道内で最悪の423人の犠牲者がでた夕張・若鍋炭鉱ガス炭じん爆発事故から100年が経った。
この時期は大事故が相次ぎ、明治末から大正にかけての10年で1000人を超える犠牲者が出ている。戦後も多くの事故がおき、1981年には夕張新炭鉱、そして、来年は三菱南大夕張炭鉱の事故から30年を迎える。夕張の歴史は炭鉱事故の歴史でもある。
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by ysnowy | 2014-12-29 21:42 | 80年代夕張 | Trackback | Comments(0)

夕張149・夕張炭鉱の坑夫の像(進発の像) 軍需生産美術推進隊

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夕張で写す

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山本作兵衛と炭鉱(ヤマ)の記録から(平凡社・コロナブックス)


夕張の歴史村に残る坑夫の像。
今頃は雪に埋もれていることだろう。
モデルは竹鶴可文(よしふみ)北炭夕張鉱業所所長で、ニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝(マッサン)の実兄だという。
来年は戦後70年を迎える。この像は、戦争末期の1944年に軍需生産美術推進隊の中村直人、古賀忠雄、圓鍔勝三、木下繁によりつくられたもの。
同推進隊は全国の炭鉱や新潟の油田に坑夫の像を制作した。現在11体が確認されており、そのうちレプリカを含め9体が今も残っている。

12月19日の山本作兵衛さんの命日に刊行された「山本作兵衛と炭鉱(ヤマ)の記録」(平凡社・コロナブックス)にこれらの坑夫像のことが掲載されています。
ぜひご覧になってください。
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by ysnowy | 2014-12-25 18:08 | 夕張 | Trackback | Comments(2)