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木造駅舎32・塩狩駅

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列車のライトで浮かび上がる塩狩駅
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長野政雄さんの顕彰碑


宗谷本線で一番の難所の塩狩峠。
明治42年(1909)2月28日、峠を登って来た列車の連結器が突然外れ、最後尾の客車が走りだしました。その客車に乗っていた鉄道職員の長野政雄さんが自分の身を呈して客車を止め、殉職する事故が起きました。作家の三浦綾子さんが小説「塩狩峠」として書き、映画にもなりました。
私は子供の頃この映画を見たことがあります。
事故当時駅はまだなく、大正時代に信号所として開設され、そして後に塩狩駅となりました。
駅の近くには三浦綾子さんの記念館と長野さんの顕彰碑があります。

「旅の手帖」で連載してきた「夢見る木造駅舎」は、今回の塩狩駅と下白滝駅で最終回となります。
今後はこのブログで木造駅舎を紹介していこうと思っています。
by ysnowy | 2010-12-13 22:49 | 木造駅舎 | Trackback | Comments(2)
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Commented by 猫おやじ at 2010-12-14 06:56 x
塩狩って、いい駅。運転停車でとまったとき、ムリをいって車掌さんに、「おりたいんですが」。無事、塩狩温泉YHに泊まりました。東京オリンピックのころです。YHは、混浴でたまげました。白滝は白滝温泉YHに泊まりました。粗食のYHが常識なのに、ここは高足膳で料理も豪華。北海道のスケールのでかさに感激しました。白滝川では、赤い酸化鉄の模様の入った黒曜石〔十勝石〕がごろごろしていて、鴻の舞にゆくのを1日おくらせて、河原をあるきまわりました。近くの「上川駅」では、夜12時・待合室で寝てたら、駅弁の「鮎の姿寿司」を「食べなよ」。高校2年生は、いまも感動してます。さて塩狩の駅も無人化で、すっかり、やつれましたね。貨車転用のプレハブ駅にならないことを、いのるばかりです。
Commented by ysnowy at 2010-12-15 18:09
猫おやじさん
塩狩駅、補修されながなもなんとか健在です。
塩狩YHは混浴ですか?。時代を感じますね。
下白滝駅まで来ると、北見鉱山や鴻の舞金山が目と鼻の先でしたが、時間がなく今回は断念しました。
10年ぶりに行きたかったのですが・・。
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