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炭坑節

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中秋の名月と煙突(三井田川炭鉱で)1994年撮影(巨幹残栄から)
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香春岳1995年撮影

筑豊からは炭鉱は無くなったが、象徴的なものは今も残っている。
炭坑節に歌われた三井田川炭鉱の赤レンガ煙突は、住友忠隈炭鉱のボタ山と共に今も象徴的な存在だ。
また、同じく炭坑節に出てくる石灰岩を採掘する香春岳を見ると、存在の大きさに筑豊に来た実感が湧いてくる。
1994年から2年半あまり私は小倉に住んでいた。
仕事が休みの時は、遅い朝食と昼食をかねて筑豊のラーメン屋に行き、腹ごしらえをしてから炭鉱跡を訪ねた。小倉から峠を越えると香春岳のサイドが見え、セメント工場の煙突群がしだいに大きく見えてくる。そして、よく行ったラーメン屋の近くには夏吉のボタ山があり、そのスチューエイションが好きだった。
当時はまだ炭住もあり、見慣れた夕張の煙突のある炭住とは違った、シンプルな切妻屋根の炭住が新鮮だったことを思い出す。よく考えてみればこちらが本場なのだが・・。

煙突と月の写真は、近くの炭住街から見たもので、炭坑節の歌のように月が出てきた。
残念ながら炭住は撮影した年の暮れに解体されてしまったが、赤レンガの煙突と貴重な竪坑やぐらは田川市石炭歴史博物館の敷地に保存されている。
先日、世界記憶遺産に決まった山本作兵衛さんの「筑豊炭坑画」は、その多くがこの博物館に収蔵されている。最近の地元紙の記事によれば、炭坑画の原画の一部が公開され多くに人が訪れているという。
これが契機となり、少しでも多くの人が訪れて、貴重な炭鉱遺産を見てほしいと思う。
by ysnowy | 2011-06-03 11:38 | 炭鉱 | Trackback | Comments(2)
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Commented by 猫おやじ at 2011-06-03 23:40 x
日経の「私の履歴書」に6月から三井田川技師長の子供さんが記述されています。山本作兵衛さんの事とは特に関係はないのでしょうけど興味深く読んでいます。香春岳も東京オリンピックのころに採銅所駅ちかくのスカルン鉱物産地にでかけたときは、一の岳は、まだ採掘されては、いましたが今のようにマッタイラという格好では、ありませんでした。同様に秩父の武甲山も、今の姿は、情けない格好です。開発ですから、やむを得ないのでしょうが、さみしいものですね。炭住も、ほとんど消えたことでしょうね。昨日の夜中チェルノブイリ番組をみました。風邪で朦朧として見ていましたが、福島第一原発が、どうしてもオーバーラップしてしまいました。
Commented by ysnowy at 2011-06-04 00:33
猫おやじさん
「私の履歴書」読んでみます。香春岳はだいぶ削られました。九州にいた頃、香春岳を見てよく武甲山を思い出しました。
採銅所駅の近くにはかつて銅を採掘した古い坑口がまだ現存しています。
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