三菱南大夕張炭鉱・南部青葉町炭住街

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夕張川の対岸に広がっていた南部青葉町の炭住街。
早春の光で屋根が輝いていた。
1990年写す

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by ysnowy | 2017-05-14 11:24 | 夕張 | Trackback | Comments(4)
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Commented by 猫おやじ at 2017-05-15 09:11 x
一見すると、いま、いろいろ話題の太陽光パネルにも似ている光景です。当時は、もちろん太陽光パネルは、存在していないわけで、まじめに暮らす人たちの暮らしのパネルです。モラルが問われる「ふるさと納税」。ギャンブル太陽光パネル。楽して儲ける、そうしたあさましさは、そこには、ありません。きのうの日曜は、神田祭。ロッテ球団の手塚部長さんに会いにゆきましたが。奥様が出られて「いま、回っています」。宮本町の総代で、御幣をかざしている姿を2年前拝見しましたっけ。金曜、土曜は三塁ベンチ上でロッテとハムのゲーム観戦。呆れて6回くらいで帰りました。しかし敗け続ける原因が、すこし理解できました。
Commented by ysnowy at 2017-05-15 19:37
太陽光パネルと言われるとそのように見えますね。今年のロッテはどうなのでしょうか。最下位街道まっしぐらですね。
Commented by mo at 2018-08-05 14:23 x
谷を下りる車道沿いの崖上から撮影されたのですね。

写真正面の新しい造りの家が青葉3丁目、
公園とプールと商店街をはさんで、その奥が青葉4丁目。
写真中央には小川が流れており、その向かって左が2丁目です。
いちおう、ぼくの旧家も写っています……(笑)

写真奥にかけてなだらかな坂になっており、登りきったところに
隠れるようにしてメロン農家が点在していたはずです。
炭鉱が健在の頃にはメロン農家は
とにかく冷遇されていたな、というのが
今になっての印象です。
Commented by ysnowy at 2018-08-25 14:15
そうです。坂の途中から撮りました。ここからだと炭住街の全景が見えるのでお立ち台と呼んでいました。
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